『ジョナサン・アイブー偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』

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長年アップルを取材し続け現在は「Cult of Mac」を運営するジャーナリストのリーアンダー・ケイニーが、ジョナサン・アイブを徹底的に浮き彫りにした一冊。GW中に改めてじっくり読み返してみた。

まずはジョニーの生い立ち、父親の英才教育、高校時代からデザインの才能は群を抜き、イギリス屈指のデザイン会社が学費を援助し進んだ大学では賞を総なめに。インターン時代にデザインしたゼブラのTX2というペンは商品化されている(欲しい!)。自分をテクノロジー音痴だと思っていたジョニーが初めて愛着を感じたコンピュータMacとの出会い。ジョニーの運命を左右したのは、彼の才能をいち早く見抜き4度目の誘いでアップルへ入社させたロバート・ブルーナーとの出会いだろう。アップル社内初のデザインスタジオ「IDg」を設立した重要人物だ。

ジョニーのアップルでの最初の大仕事は2代目Newtonのデザイン。まず行なったのが製品ストーリーを考えること。「日常生活の中でどう使ったらいいかわからないことが問題だった」「ふたはユーザーが最初に目にするもの触れるものだ。それを特別な瞬間にしたかった」。バネを使った仕掛けでふたを押すとポンと跳ね上がるようにした。これがまさにUX。完成した新型Newtonは数々のデザイン賞を総なめにする。次に手がけたプロジェクトは20周年記念マッキントッシュ。バング&オルフセンの高級オーディオのようなブルーナーのコンセプトをジョニーが引き継いでデザイン。この洗練されたマシンも賞賛され数々の賞を受賞するが、マーケティング部門が高価格の限定品に路線変更したため商業的には大失敗。これが決定打となりブルーナーはアップルを去りジョニーがIDgの責任者に。しかしウィンドウズ95の発売によってアップルの市場シェアは10%から3%に落ち込み株価は暴落。パッとしない経営者は次々に交代し社内は完全に機能不全。ジョニーもアップルを辞めることを考えていたがそこでジョブズの復帰。1997年7月9日の取締役会。

短パンとスニーカー姿で無精ヒゲを生やしたジョブズがステージ上から問いかける「アップルのどこが悪いか教えてくれないか」「プロダクトだ!プロダクトが最悪じゃないか!セクシーさがどこにもない」痛快。数週間後の戦略会議でジョブズはホワイトボードに簡単な十字を描き、上段にコンシューマー、プロフェッショナル、下段にポータブル、デスクトップと書き「これがアップルの新製品戦略だ」売るマシンは4種類だけ。ノートブックとデスクトップ、それぞれプロ用と家庭用。あまりに数が多く複雑になりすぎていた製品をばっさり切り捨てる。集中と選択。真っ先にNewtonを廃止し、家庭用デスクトップの開発に着手。ジョニー率いるIDgが主導して完成したiMacはアップル史上最速の売れ行きを記録する大ヒット。iMacはアップルを救いジョブズの評価を決定的なものにした。

アップル(=IDg)の快進撃は続く。歴史を変える製品の誕生にまつわるエピソードが興味深い。2001年のマックワールドで東京を訪れたジョブズとハードウェア部門の責任者ジョン・ルビンシュタイン。ルビンシュタインが東芝を訪問した際、東芝のエンジニアがどう使えばよいかわからないと言って直径わずか1.8インチのハードドライブを持ち出してきた。ルビンシュタインはジョブズにこれでMP3プレーヤーが作れると進言しiPodの開発がスタート。日本のメーカーの弱点を思い知らされる話だ。2003年末ある朝のミーティングでデザイナーのダンカン・カーが「マルチタッチのスクリーンを見せて、2本指と3本指で違うことをやってみせ、回転させたり拡大させたりして見せた」のだ。周りに集まっていたIDgの中心メンバー(西堀晋もいた)は驚きのあまり声も出ない。それから3年の開発期間を経て、2007年1月のマックワールドあの伝説的なプレゼンでジョブズはiPhoneを発表する。

ジョニーはジョブズのビジョンを実現する右腕のような存在だった。ジョブズは亡くなる前「アップルでジョニー以上に業務運営の権限を持つのは私だけだ。彼に指示を与えたり、口を挟んだりできる人間はいない。私がそうしたからだ」と語っている。組織図上ではジョニーはCEOのティム・クックの下にくるが、ジョブズがジョニーを自分の後継者だと考えていたことは間違いない。ジョニーは主要製品すべてのハードウェアとソフトウェア両方のインターフェースの責任者になり、ジョブズの役割を文字通り継承している。アップルの快進撃は続いている。危惧することがあるとすれば、もしジョブズが生きていたらあるいは以前のジョニーだったらこれを世に出しただろうか、とふと脳裏によぎることだろうか。どんどん大きくなっていくiPhone、巨大なiPad Pro、Apple PencilのUX、Apple Watchの行く末。

しかしジョニーを信じよう。彼が目指している究極の目標が変わっていないことを。
「息をのむほどシンプルで美しいデバイス、心から欲しくなるようなもの、そして本当にわかりやすいもの」。

そしてジョブズが追い求めたアップルの姿を。
「最先端技術、伝説ともいえる使いやすさ、見事なデザイン、この3つが融合した製品、それがアップルの本質だ」。


これは僕が以前使っていた愛機。ジョニーがデザインした「Newton MessagePad110」の後継機「Newton MessagePad120」。ジョブズによってNewtonは廃止されたが、熱狂的なファンが存在する。