『ぼくの道具』石川直樹

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iTunesのレンタルで映画「エベレスト3D」を観た。ノンフィクションと言ってもいいほど終始圧倒される映像、人間の肉体と精神を極限状態に追い込む容赦ない自然の猛威。「決定権はいつも山が握っている」というセリフがすべてを物語っていた。

そのエベレストにも登頂し、当時の七大陸最高峰登頂最年少記録を23歳で更新した冒険家であり写真家でもある石川直樹氏の著作。彼が極地の旅に持っていく96点の“道具論”から浮かび上がる生きるために本当に必要不可欠なもの、それらの道具を選ぶ背景にある知恵から現代を生き抜くヒントが得られる。

いま流行りのミニマリズムとはちょっとわけが違う。極限状態において最小限のどんな道具が身近にあるかは文字通り生死を左右する。だからこそ石川氏が選ぶ道具とその基準には重みがある。でもユーモアのセンス溢れる氏の文章からは道具という相棒に対する愛おしさが等身大の言葉で伝わってきてとても親近感が湧く。たとえばチョモランマの頂上に登った時のバックパックが14歳の時に購入しずっと使っているグレゴリーのものだったり、カメラが全部壊れて使えない時の最後の頼みの綱としてポケットに入れてある最強の記録道具が「写ルンです」だったり(まさに目から鱗)、東京の仕事場ではMacだけど旅に持っていくのは衝撃に強いパナソニックのLet’s noteと電源問題の影響を受けずに原稿書きに使えるポメラだったり、海外に持っていくSIMフリーの携帯がネパールのカトマンズで購入したiPhone3だったり(まだ使えるの?)こういうエピソードのひとつひとつが偉大な冒険家をいい意味で近くに感じさせてくれる。

個人的に面白かったのは、快適に過ごせるようにすべてのモノの定位置が決まっているテント内のイラストがあって、天井に張ったロープにパカッと開くDVDプレーヤーを引っ掛けて寝ころびながら映画を観る話とか本当にたまらない!(K2のベースキャンプでスコセッシの「タクシードライバー」とスピルバーグの「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」を観たそう)。あとはナルジンボトルという水筒に実はもう一つ重要な“小便”ボトルという役割があって、とても微妙な体勢で使うトイレ事情のことや、防寒の基本であるアウター、中間着、アンダーウェアの重ね着の方法や選ぶべきアイテムなんかは都会の冬でもすぐに役立つ情報だ。ちなみに氏のセレクトは「THE NORTH FACE」多め。

2015年夏に挑んだK2登頂のリアルな記録や美しい写真も貴重だ。メインで使うフィルムカメラはプラウベルマキナ670とマミヤ7Ⅱにコダックのフィルム、サブ機のデジタルカメラはオリンパスOM-Dというスタイル。デジタルが主流なのにあえてメインは中判のフィルムカメラを使っている。以前のインタビューで氏が語っていたのは「フィルムだとデジタルみたいにとりあえず多めに撮っておこうということができない。フィルムが残り3枚しかない時にスゴイ風景に出会ったら絶対3枚で撮り切ろうという気持ちになる。その不自由さや制約があるからこそ突き抜ける力が生まれてくる」。なるほど、その潔さがカッコイイし、一枚の写真に込められた圧倒的なリアリティと力強さの秘密なのだ。氏が初めて出版した写真集の表紙に使われた写真は一頭の白クマが写っているもので、恐怖のあまりバッグからカメラを取り出すことができず、でも撮りたい撮るしかないと恐怖に駆られながらジャケットの内ポケットに入れていた「写ルンです」で撮った写真だそうだ。結局一番大切なのは道具や技術よりその一枚を絶対に撮るんだという強い信念と気持ちだということ。なんでも簡単に手に入り当たり前にテクノロジーの恩恵を受けながら生活している自分が本気で向き合っているものがあるだろうか。名ばかりのミニマリズムを追いかけていないだろうか。自分が選択しているものは本当に必要不可欠と言えるだろうか。うーん、考えさせられる。

最後に「あとがき」より

全ての装備を知恵に置き換える努力をしつつ、自分にとって必要不可欠な道具だけをもって、未知の荒野を歩こう。道具に縛られるのではなく、道具によって自由になる。そんな旅を、これからも続けていきたいと思っている。