芦沢一洋氏と本物の『アーバン・アウトドア・ライフ』

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ずっと欲しくてやっと手に入った芦沢一洋氏の2冊の名著。空前の“山ブーム”である現在にこそ読むべき価値のある本。

登山やキャンプの専門誌が書店に並び、アウトドア専門のショップが急激に増え、“山ガール”なんて言葉がもてはやされ、気が付けば我家のクローゼットもアウトドアブランドのアイテムに侵食されている。もし芦沢一洋氏が生きていたなら現在の異様なまでの盛り上がりをどんな視点で洞察するのだろう。芦沢氏は1938年生まれの日本のアウトドア・ライターの草分け的な存在。まだアウトドアという言葉や概念も皆無だった時代に、アメリカで生まれたその思想をいち早く日本に持ち込んだエヴァンジェリスト。あえて思想と表現したのは、アメリカで巻き起こったビートニクスやヒッピームーブメントから派生し、ベトナム戦争にカウンターを唱えていた若者たちがその終結と共に矛先を失った結果、自然や健康、環境保護やエコロジーをベースにしたアウトドア志向が生まれそれがライフスタイルになったからだ。芦沢氏のキャリアは雑誌のデザイナーとして始まり(後に「山と渓谷」の表紙も担当)、その後アウトドア・ライターとしての執筆、バックパッカーのバイブル「遊歩大全」の翻訳や自身の数々の名著を通じて本来あるべき姿の「アウトドア・ライフ」を提唱してきた。それは必ずしもバックパックに荷物を詰め込んで郊外へ向かわなくても、コンクリートで覆われた大都会に住んでいても自然を愛する眼と心さえ持っていれば立派な「アウトドア・ライフ」を送ることができるという、まさに都会で忙しく暮らす僕らに向けたメッセージでもあるのだ。芦沢氏は超一流のアウトドアマン、バックパッカーであると同時に正真正銘の都会人でもあり、東京のあらゆる場所に精通していた。本物を見抜く審美眼、知性、バランス感覚。自然と向き合い、まやかしでないエコロジーを実践し、都心を拠点としつつもアウトドアの思想を持った知性溢れるオトナを目指して、芦沢一洋氏自らが体現していた本物の『アーバン・アウトドア・ライフ』に憧れる今日この頃である。

『アーバン・アウトドア・ライフ』より

一本の雑草、一輪の花、一羽の鳥、一尾の魚、一片の雲、一陣の風。そのすべてが価値を持っている。コンクリートで覆われ、排気ガスで汚染された空気の中で暮らしながら、残された自然に気を配り、心の中に旅心を掻きたて、わずかな時をみつけては都心や郊外の自然を求め歩く。それもまた立派なアウトドア・ライフだと僕は思いたい。(中略) 限られた時間と場所の中、野外生活のエッセンスを承知し、その妙味を味わい、そこに自由の風を感じとれる人。僕はそんな人と言葉をかわしたいと思っている。